歩道橋事故損害賠償請求訴訟 第一回口頭弁論での意見陳述より



 事故から1年6カ月が過ぎましたが、智仁を失った悲しみと怒りは事故直後のままです。顔が見たい、声が聞きたい、抱きしめたい。衝動にかられ、眠れぬ夜を幾度過ごしたでしょうか。

 

 事故が起こる数日前から智仁はセミ捕りに夢中でした。怖がりで生きているセミを捕まえられず、「おとうさん、こんなん捕ったよ」と抜け殻を自慢そうに差し出した顔がはっきりよみがえります。我が家の玄関にはかごいっぱいの抜け殻が置かれたままです。

 

 智仁がなぜ死ななければならなかったのでしょうか。いまだに事故原因が解明されていないのが信じられません。明石市、警察、警備会社は責任のなすりつけあいに終始し、家族への心からの謝罪もないのです。
「連れて行った親が悪い」という中傷、批判も受けてきました。しかし花火大会が危険な場所とは思いません。3者がすべきことをきちんとしていれば、防げたはずです。

 

 3者の対応が早い時期の遺族の結束を生み、深い悲しみの中、協力し合い、励ましあって、市や警察に何度も足を運び、原因解明、再発防止を訴え続けてきましたが、納得いく回答は返ってきませんでした。残された道は民事提訴しかなかったのです。刑事裁判で起訴された方が裁かれることは当然ですが、責任を押し付けたのではトカゲのしっぽ切り。個人のミスはもちろん、背景に市、警察の組織の問題点があったと確信しています。それを明らかにしなければ、真の再発防止はないのです。

 

 智仁を助けてあげられなかった自責の念、悲しみは一生背負っていくでしょう。私が生きているのは、11名の命がすべてを託しているのだと思います。死の意味を見つけてあげたい。
私たちにできることは、原因解明と再発防止に人生をかけ、二度と同じような思いをする人を作らないことです。

下村 誠治

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